20th cent. Scandinavian design
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Special Issue
Featuring
 
 
H55
(Halsingborg 1955)



◆ありふれた「特別な日」

「んん? ん?・・・ いま何時だ??」
随分早く目が覚めてしまったようだ。時計が指している時刻のわりに明るく感じる。
北に向いた窓からは明るい光に洗われてカラリと乾いた空気の匂いがした。今日は梅雨時期の貴重な晴れ間になるらしい。
それにしても珍しいこともあるものだ。
典型的な夜型人間の私にとって、朝といえる時間に自然に目が覚めるなど数える程の記憶しかない。
「・・・。まだ早いな、、、目覚ましの時間まで寝るか・・・。」
寝返りをうってみたものの、眠りへの誘いがやってきそうもない。
やはり妙だ。
仰向けになって天井を見ながらぼんやりしていると、何かやり残した事があるような、忘れてしまった記憶が思い出すことをせがむような感触が胸に満ちてきた。
「6月10日・・・、あれ? 何の日だっけ?」
起き上がり、予定を確認してみても美しいほどにありふれた普段どおりの1日が待っているだけ。
住み慣れた我が家の見慣れない早朝のリビングのテレビをつけると、胸のつかえは消えてしまった。




一日のうち一つでも普段とは違う出来事があると、いつもは何気に使っている身近なものが、どこか新鮮に見えるから不思議だ。
毎朝、トーストを乗せるこのスウェーデン製の古い皿も、印象よりも青みがかった白に見える。
皿の中央部を大きく開けて描かれている茶色の縁取りと何本も並んだ細い黒の線を、干し葡萄の入ったトーストをくわえたままぼんやりと眺めていると、穏やかな海面に写る純白の建物が並んだ風景が思い出されて来た。
「ああ! なんだ今日はあの日か・・・ それで・・・」
本棚を少し探して、隅に差し込んであった小さな冊子を取り出した。
表紙には大きく「H」、そして添うように「55」の文字。
「Halsingborg 1955」 または「H55」
行った事もなく、古ぼけた小さな冊子のモノクロの写真で想像するだけの、半世紀以上も前にスウェーデンで催されたこの展示会の存在を知ってから、開催日初日の6月10日は私にとって少し特別な記念日となっていた。
何をするわけでもなく、ただ思い出すだけの独りよがりで地味な習慣だが、H55という出来事を忘れないでいるためには意味があった。

スウェーデンのアンティークショップのオーナー達はみな口を揃えて言う。
「H55はスカンジナビアン・デザインにとって最も重要な展示会だ!」
そういうわりに、H55という名前はあまり見かける事はなく、巡回展である「Scandinavian Tableware」の方が知名度は高いかもしれない。
しかし、「H55」という文字が刻まれたアイテム達と出会うたびに、まるで長年探していた宝物を発見したかのようなときめきを未だに感じてしまうのはなぜなのか。
この3文字からなんとなく受ける「新しさ」は何なんだろう。

デスクの上では、窓から入る風が黒い表紙の小冊子のページを楽しげにめくっていく。
スウェーデン語で書かれたざらついた紙質のページは、黄なびたモノクロの写真で真新しい会場に集う人々の様子を伝えていた。

(これが始まりだったのではないか)

まるでその写真が語りかけてくれたように、頭の中に浮かんでいたいくつかの疑問が弾けて、すっと視界が開けたような爽快感が広がった。

普段手にし、毎日使うものにデザインを取り入れることで、それぞれの個性にあった生活を選ぶ。
または、日常使うものをデザインすることで生活を創る(デザイン)ということ。
つまり、H55とは私達が自分のライフスタイルを思い通りに形作ってゆくという自由を手にした瞬間だったのではなかったのだろうか。
1955年のHalsingborgで、当時の人々が両手に持ちきれないほどに描いた未来への夢が、時代を超えて現代の私たちに語りかけてくるのかもしれない。

その頃に人々が思い描いた未来が訪れたかどうか私は知らない。
けれども、その頃に生み出されたスカンジナビアのモダンデザインという共通項を通じて多くの人たちがつながり、思いを共有できているのは確かだ。
そして、そこからまた新しい何かが生まれている。
きっと夢は叶ったんだと思う。


ページをめくり終えた風はつまらなそうに止んでしまい、差し込み始めた朝日が裏表紙を眩しく照らしている。
梅雨の合間に顔を覗かせた太陽がくれる光は曇りの日の弱々しさとは対照的に強く、その光量は夏の到来を早くも告げていた。
小冊子の黒い表紙をもう一度眺め、片手でパラパラとページをめくっていると、ふと磯の香りがした気がした。
「まさかね、慣れない時間に起きたりしたせいだ」
本棚の一番端に小冊子を差し込んで立ち上がり、いつもの仕事にとりかかった。

今年も暑くなりそうだ。




H55特集1段「あの夏の思いで」はこちらをご覧ください。




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